こんにちは☔⚡
ちょうど1年前の7月、私はドイツの音楽大学を卒業しました。
この学校では修士課程に在籍していたので、過ごした年月はだいたい2年くらい。良いも悪いもいろんなことがありました。
先生は私のことをいつもかわいがってくれてすごく優しいけど、できていない事には「ごめんね~、でもここが良くない」という感じではっきり言うタイプ。もちろん上手くいっている事にはすごく褒めてくれるので頑張れましたが、最初の1ゼメスターはとことん病みました。
やっとの思いで1ゼメを終えて、よし2ゼメからは!と思った矢先、コロナがやってきました。
誰かと演奏するなんてもってのほか、先生や友達にも会えず、ひたすら部屋にこもる日々。もちろん友達と電話したりはしていたので一言も発さない訳ではないですが、対面で人と話すことなく2か月が過ぎました。
その間オンラインでレッスンが始まりましたが、もともと1年間のみの留学を考えて父に買ってもらったパソコンはとっくに容量不足 (まさかの32GB..)。ケータイでzoomやSkypeを使ったけど、これもすでに4年ぐらい使っていたのでどんどん へたっていき、熱がこもって映像が止まってしまうのを、冷凍野菜やお肉を保冷剤のように使って、ケータイを冷やしながら授業を受けていた時もありました。
学校に入れず練習室が使えなかったので、本当はだめだけど大家さんに相談したうえで、部屋で練習をしました。ただご近所さんが気になってしまった私が選んだ日々の練習場所は、部屋の中で恐らく一番壁が厚いお風呂場。響きすぎて少ない息で吹いても立派な音に聞こえてしまうのが難点でしたが、短い練習時間を終えた後に、「今日の練習は良かった!」と思えるように練習することを心がけました。
大変な2ゼメでしたが、このいろんなストレスから解放してくれたのは、この町の景色でした。

このあたりはワインが有名な地域で、見渡せる山はほぼぶどう畑でした。
特に入口はなく、いろんな人が自由に入ってお散歩やサイクリングができます。
小さいころからよく海に行っていた私にとって、ここの畑は海にいるみたいな解放感がありました。
この畑を私はあっという間に気に入り、何かから解放されたいとき、いろいろ考えたくないときに、よく一人で行く場所になりました。
他にも、レジデンツ横の公園やマイン川沿い、マリエンベルク要塞などきれいな場所が多く、この町のこの素敵な景色がなければ、コロナに感染していないのに何か病気になっていたかもしれません。
そして3ゼメスター目では、オーボエクラスで私が唯一卒業試験を控えておらず、また新入生でもないという立場から、とにかく色々なアンサンブルに参加させていただきました。またソロの曲では、名前は知ってるけど今までやってこなかった曲にじっくり取り組む、という目標とともに過ごしました。
そこで取り組み始めたのが、Luciano Berio作曲 SequenzaⅦ。現代曲のおもしろさを教えてくれた、私の大切なレパートリーです。
最後の4ゼメスターはとにかく卒業試験のことしか頭になかったかもしれません。
私は50分のリサイタルなんてできるのか…。心配でしかなかったのは、たぶん日本での学士課程の卒業試験で体力がもたず、吹ききれなかったから。
でもあの頃と違って、上手くいかなかったとき、何が良くなかったのか自分で答えを見つけることができる。2ゼメでの日々の目標だった「今日の練習は良かった!」の気持ちの積み重ねは、いつしか「何が良かったのか」を考えるきっかけになり、自分をとても成長させてくれていました。
試験の日は、朝からアドレナリンがでていたかもしれません。それぐらいの緊張感と集中力であっという間に吹ききった50分のプログラムは、評価していただいて、一番いい成績で卒業することができました。
オーボエクラスの友達、試験で一緒に室内楽を演奏してくれた私の大切なWicke Trioの二人、Sequenzaで電子音を完璧にならしてくれたかわいい韓国人の妹、試験を聴きに来てくれた友達。
そして誰よりもお世話になって、私のオーボエと、音楽の考え方を良い方向に導いてくれた先生。こんなに世界が大変な状況の中で、こんなに素敵な人々に恵まれてマスターを終えることができて、達成感と満足感しかありませんでした。
日本に帰国して半年。すぐにたくさんの仕事に恵まれたり、うまくいくとは思っていないけど、
いつか、「日本でこんな風にがんばってるよ!」と胸をはって先生に良い報告をする
というのが、今の私の目標です🐗
